大判例

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名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)214号 判決 1963年10月30日

主文

原判決を左の如く変更する。

被控訴人は控訴人に対し金八十万円及之に対する昭和三十二年十二月十九日以降完済迄年六分の割合による金員を支払え。

控訴人其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

此の判決は控訴人勝訴の部分に限り控訴人において担保として金三十万円又は之に相当する有価証券を供託するときは仮に執行することを得。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金八十万円及之に対する昭和三十二年一月一日以降完済迄年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用書証の認否は左記のほか原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

控訴代理人の陳述

一、本件請求の根拠は手形上の権利の行使である。被控訴人森佐蔵と訴外宮部幹雄とが控訴人に対し旧手形(被控訴人振出金額八十万円、支払期日昭和三十年十二月三十一日、支払場所百五銀行大門支店、振出日昭和三十年十二月一日、訴外宮部幹雄裏書のもの)の書換えを求め期限だけ変えて旧手形と同一額面の新手形を被控訴人が振出し訴外宮部がこれに裏書を為すことを条件として控訴人は旧手形の書換えを承諾した。ところが書換えの際控訴人の使者浦川静夫は被控訴人から右訴外宮部宛振出(金額は旧手形と同一額)の新手形を預り右訴外宮部がこれに裏書することを条件として旧手形を被控訴人に預けた。従つて若し右宮部が新手形に裏書をしなかつた場合は新手形を被控訴人に返戻し旧手形の返還を被控訴人より受けるのが当然の約旨であつた然るに右宮部は新手形に裏書をしなかつたのみならずこれを破棄したために右新手形は被控訴人に対し返戻することはできなかつたが右破棄は被控訴人にとつては返戻と同一の効果を有するものであるから旧手形は当然被控訴人から控訴人に対して返還せらるべきものである。而してこれが返還された場合は被控訴人は控訴人に対して手形振出人として債務を負担しておるものであるが被控訴人は早まつて旧手形を破棄したため控訴人に対して旧手形を返還することができなくなつたものである。右被控訴人の旧手形の毀損行為は被控訴人の責に帰すべき行為と云うべきものであるところ所謂「手形上の権利の化体」なる観念を押し進めると右手形の滅失により手形上の権利も消滅し除権判決を得なければその権利の行使を不能ならしめるような見解がないでもない。然し所謂「権利の化体なる観念」はただ手形上の権利の発生、移転には証券を必要とする趣旨を単的に表現した言葉に過ぎぬものであり手形が滅失すれば手形上の権利も当然に消滅すると解すべき法律上の根拠はなくしかも除権判決を求める必要は手形を喪失し他にこれを取得されるおそれがある場合であり本件の如くこのようなおそれの全くない場合に於て権利者たる控訴人は除権判決を得る必要はないのみならず右手形を毀損した不法行為者たる被控訴人自らが被害者たる控訴人に対し除権判決のない限り右手形上の債務を弁済しない旨抗争することは許されないことも禁反言の法理上当然のことであるから本件請求の法律上の根拠は手形上の権利の行使である(東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第二五二号同年四月十二日判決参照)

二、本件請求の法律上の根拠の予備的主張としては不法行為による損害賠償である。仮に前項の手形上の権利の行使が認められない場合は控訴人は訴外宮部が新手形に裏書をなす迄は旧手形を被控訴人に保管を託したものであるから右宮部が新手形に裏書をなさないのに被控訴人が旧手形を破棄したのは故意又は過失で控訴人の手形上の権利を侵害したものであるから被控訴人は不法行為による損害賠償の義務があるものである。

被控訴代理人の陳述

一、被控訴人は昭和三十年十月三日控訴人のいわゆる第一の約束手形を振出した、但し訴外宮部幹雄に依頼を受け同人の控訴人に対する石油取引代金債務担保のため振出したものである。而して右手形は宮部と控訴人との間の取引に関し控訴人が所持する一切の手形の内優先して決済を受けることを約した。しかるに控訴人の社員浦川静夫は当時宮部方店舗に派遣され店務一切を掌理し売上金を控訴会社へ全部持帰つていたが昭和三十年十二月五日までに合計六十六万円余の売上金を持帰つた。その際右浦川は右金員は第一の手形の決済に充てると言明しながらその後そのことは控訴人の幹部が承知しないというので被控訴人は支払銀行の百五銀行大門支店に対し右手形の支払を昭和三十年十二月五日まで猶予を求めておいて宮部とともに控訴人方へ出向き其の代理人中田良一に交渉した結果右手形によつて百五銀行大門支店より融通を受けて居るので右六十六万円と控訴人が十四万円立替えて銀行に決済する旨約した。その際控訴人は同一金額の額面八十万円の約束手形の振出しを被控訴人に求めたので被控訴人はこれを承諾し昭和三十年十二月五日控訴人のいわゆる第二の約束手形(或は旧手形)を宮部が将来控訴人より買入れるべき石油の代金債務の担保のため振出し宮部がこれに裏書譲渡した。しかるに昭和三十年十二月十二日頃(即ち右振出後一週間後)控訴人の代理人浦川静夫が右第二の手形を被控訴人方に持参し、その手形の支払期日(同年十二月三十一日)はまだ来ないけれども資金ぐりの必要があるので支払期日を昭和三十一年二月八日として右手形を書換えてくれというので被控訴人は之を承諾していわゆる第三の手形(或は新手形)に書換え、第二の手形は必要がないからとてその返還を受け浦川の面前で破棄した。而して浦川は右第三の手形を持参して宮部幹雄方に行き裏書を求めたところ宮部の妻種子は昭和三十年十二月五日以降控訴人は石油の売却を宮部に停止しているのにかような手形を裏書して控訴人に交付する必要がないとして(被控訴人に迷惑をかけることにもなる)破棄し裏書譲渡しなかつたものである。

二、即ち第一、第二、第三手形とも宮部が控訴人より買入れるべき石油の代金債務担保のため被控訴人が振出しているものであるが右第二、第三手形が担保すべき石油代金債務が発生しなかつたものであるから控訴人主張のような不当利得が発生しなかつたものでありもし右第二、第三の手形の弁済を受けるときは控訴人こそ不当に利得することになるであろう。又第二の手形は第三の手形に書換え不用となつたので控訴人の代理人浦川静夫の承諾の上第二の手形を破棄したもので何等過失によつて控訴人の権利を害したものでもない。

三、又被控訴人は右第二の手形(旧手形)を控訴人に返還すべき義務を負担するものではない。被控訴人は控訴人の要請のまま(浦川静夫は控訴人の代理人)新手形を振出し旧手形の返還を受けた。一旦書替によつて返還を受けた以上その後に如何なる事情があつても更に控訴人に返還すべきものではない。宮部種子が故なくこれを破棄したのであれば同人に対して責任を追及すべきであり被控訴人に追及すべきものではない。殊に前述の如く第一の手形によつて控訴人は訴外百五銀行より金の融通を受けた後、支払期日後宮部の売上金六十六万円と不足金を控訴人が立替えて決済して百五銀行より返戻を受けたものを被控訴人に返して新たに第二の手形の振出を要請したのであつて単なる支払延期のための書換ではない。書換と言つても全く新しい手形で真実の意味の書換ではない。そして第二、第三の手形は振出後に控訴人が宮部に売渡すべき石油の代金債務担保のため振出を浦川が要請したから引続き控訴人が宮部に石油を売渡すであろうと信じて振出したのにかかわらずその振出の昭和三十年十二月五日頃は既に控訴人は宮部に対し石油を販売することを差止めていたものであり被控訴人が控訴人に欺かれて振出したもので従つて旧新手形について被控訴人は何等責任を負うべきものではない(右事情なればこそ新手形を控訴人に交付すべきものではないとして宮部種子は破棄したものである)。

四、控訴人は「手形を毀損した不法行為者たる被控訴人自らが控訴人に対し除権判決のない限り手形上の債務を弁済しない旨抗争することは許されないことも禁反言の法理上当然である」という。これは東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第二五二号昭和二十九年四月十二日、下級裁判所判例集第五巻四号所載)の判決理由文をそのまま引用したものであるが右判決の対象となつた事実と本件事実とは全然別異のもので本件にあてはめることができない。右東京地裁判決は手形金支払の請求を受けた被告会社の代表取締役等がその手形の要件をなす記載事項を何等の権原なく故意に抹消したり一部を切断等して手形を毀損したことに対して下した判決であつて、不法に毀損破棄したものではない本件事案に対しあてはまる理論ではない。第二の手形を破棄したことは故意又は過失によつて控訴人の権利を害したものではなく、又、右手形は宮部が将来控訴人より買入れるであろう石油代金支払の担保のため振出したものであるにかかわらずその後控訴人は宮部に石油を売渡さなかつたのであるから右手形にて担保さるべき代金債務が発生しなかつたものであり控訴人は右手形の支払を請求すべき権利はなかつたものである。

(証拠省略)

理由

被控訴人が振出日昭和三十年十月三日金額八十万円、支払期日昭和三十年十一月三十日、支払地、振出地ともに津市、支払場所株式会社第百銀行大門支店なる約束手形一通を訴外宮部幹雄宛に振出したこと(以下第一手形と略称)、次いで被控訴人は金額八十万円、支払期日昭和三十年十二月三十一日其の他の記載事項は前記手形と同様なる約束手形一通を訴外宮部幹雄宛に振出したこと(以下第二手形と略称)、更に被控訴人は振出日昭和三十二年十二月十二日金額八十万円、支払期日昭和三十一年二月八日、其の他の記載事項は前記手形と同様なる約束手形一通を訴外宮部幹雄宛に振出したこと(以下第三手形と略称)は当事者間争がない。そして控訴人の本訴請求は右第二手形金の請求であるから以下其の当否を判断する。

成立に争なき甲第一号証原審証人浦川静夫、原審及当審証人中田良一の証言、及右証言によりて真正に成立したものと認むべき甲第二、三号証当審証人宮部種子の証言によれば、(一)控訴人は訴外宮部幹雄に対し昭和二十七年頃から油類の販売をなし昭和三十年十月初現在で其の売掛残金は三百十七万円余に達したところ右宮部は同月三日右代金の一部弁済として前記被控訴人振出にかかる第一手形を控訴人に裏書譲渡したこと。(二)右手形は期日に不渡となつたので昭和三十年十二月初に右第一手形の書替として被控訴人は振出日を同年十二月一日とする第二手形を振出し右宮部が之を控訴人に裏書譲渡し控訴人は第一手形を被控訴人に返還したこと、(三)昭和三十年十二月十一日に至り被控訴人と右宮部が控訴人方に赴き右第二手形の同年十二月末日の支払期日では金に困るから期日を延ばした手形に書替えて欲しい旨申出て被控訴人と折衝した結果支払期日を昭和三十一年二月初頃とし手形金額、振出人、裏書人等第二手形と同様なる手形に書替えることを合意したこと、(四)昭和三十年十二月十二日右合意に基き控訴人の社員訴外浦川静夫は控訴人の命により第二手形の書替新手形を受取る為に第二手形を携えて被控訴人方に赴いたので被控訴人は第三手形を作成したのであるが其の際被控訴人は右浦川に右第三手形を手渡し右浦川に対し「自分がその手形を宮部のところへ持つて行き宮部が裏書して控訴人に渡すのが本来であるが寒い時だから代りに浦川が宮部方へ持つて行き宮部に裏書してもらつてくれ」と依頼した。そこで浦川は第二手形を被控訴人に手渡し第三手形を携えて宮部方に至り之に宮部幹雄の裏書をして貰う為に之を手渡したこと、(五)第三手形は未だ宮部幹雄の裏書が為されない前其の日の中に右宮部の妻宮部種子により破棄せられ第二の手形も其の日に被控訴人により不要になつた手形として破棄せられたことを夫々認定することができる。被控訴人は第二の手形について右は昭和三十年十二月五日将来宮部が控訴人より買入れるべき石油代金の債務の担保の為に振出したものであるところ同日以降控訴人は宮部に対する石油の販売を停止しているから右手形の支払義務はなかつたと主張し之に沿う原審証人宮部幹雄、原審及当審における被控訴本人尋問の結果があるけれども右は前記証拠と比照して措信し難く其の他前記認定に反する部分も措信し難い。

そこで右事実によれば第三手形は第二手形書替の為のものであつたから控訴人が第三手形の手形上の権利者となつたとき第二手形は弁済ありたることと同一の法律効果を生ずるわけであるが前記の如く第三手形は訴外宮部幹雄宛のもので同人が受取人であつて同人から控訴人への裏書が為されない前に右宮部の妻に破棄されて仕舞つたから控訴人は遂に第三手形の権利者になれなかつたのであり従つて被控訴人に手渡された第二手形も弁済と同一の効力を生じなかつたもので控訴人は依然第二手形の手形上の権利者であると謂わなければならない。そして振出人として手形上の債務を負う被控訴人に対し右手形上の権利の行使として右手形金の支払を求めるには既に右手形は被控訴人に手渡されているのであるからたとえそれが被控訴人によつて破棄されたにせよ敢て除権判決を得るまでもなく手形を所持せずして之を行使し得るものと謂わなければならない。

そして控訴人が本件第二手形金の支払請求をしたのは原審昭和三十二年十二月十八日の口頭弁論期日であつたから被控訴人は第二手形金八十万円及之に対する昭和三十二年十二月十九日以降完済迄年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり控訴人の本訴請求は右の限度で正当として之を認容し其の余は失当として棄却すべきである。

仍て原判決を変更すべく民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条に従い主文の如く判決する。

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